AI医療AI特講KARUIZAWA RADIO UNIVERSITY
医療AI特講 中村祐輔先生 軽井沢ラジオ大学
SPECIAL RADIO PROGRAM

医療AI特講

MEDICAL AI · SPECIAL LECTURES

ゲノム医療を切り拓き、医療AIの社会実装を牽引し続ける、中村祐輔先生。
診断、治療、予防、創薬、そして医療を支える人々の仕事は、AIによってどう変わるのか。

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国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長
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国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長
中村祐輔先生
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第1回 · 2026年8月31日(月)

「医療AI特講」開講!|医師の診断ミスをなくすことで生まれる経済効果

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

生成AIが生まれて、最も大きな影響を受ける分野はどこかと問われたら、私は迷わず医療だと答えます。使い道はいろいろありますが、私が特に重要だと考えているのは、医療の質を高めるためにAIを使うということです。

医療の質をどう評価するかは難しい問題ですが、分かりやすい例を挙げましょう。特定の病気は、どうしても診断が遅れたり、誤診されてしまうことがあります。日本国内には正確なデータがありませんが、アメリカでは診断の遅れやミスによって年間およそ80万人が亡くなったり、後遺症を負ったりしていると言われています。それによって失われる医療費は15兆円にのぼります。

人間には、よく見る病気には思い込みが働き、専門外の病気はなかなか病名が思い浮かばないという傾向があります。ここにAIの優れた点があります。今では症状を入力すると、その病気である確率が何パーセントという形で示され、専門外の病気であっても可能性のヒントを与えてくれるのです。診断ミスや遅れの最大の原因は、そもそも病名が思い浮かばないことですから、AIがヒントを出し、それに沿って絞り込んでいく診断方法があれば、間違いは大きく減らせます。特に血管系の病気は、痛みだけでは血管が詰まったとは気づきにくいものですが、ヒントがあれば調べてみようという発想が生まれ、速やかな処置で命を救うことにもつながります。

もう一つの例が処方ミスです。薬の出し間違いは、医師が名前を書き間違えたり、薬剤師が忙しさの中で違う薬を渡してしまったり、看護師が配薬を誤ったりと、さまざまな職種が関わる中で起きています。アメリカではこれによって3兆円ほどが失われていると言われ、日本でも診断ミスと処方ミスを防ぐだけで、2兆円から3兆円ほどの医療費節減につながるというデータもあります。

まだ電子カルテとAIは十分にリンクしていませんが、これはすぐに実現していくはずです。離島で一人診療にあたっているときや、助けの手が届かない場所でも、AIが診断の遅れやミスを防いでくれる。そうした形で、患者さんの命を直接守れるようになる日が近づいています。私たちはこの可能性を、真剣に考えていく必要があると思っています。

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第2回 · 2026年9月1日(火)

AIが治療薬を選ぶ日|個々の遺伝子に対応する最適医療への大きな一歩

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

人間は必ずミスをします。これは避けられない事実です。だからこそ、そのミスをAIが見つけてくれることには大きな意味があると思うのです。

たとえば画像検査で、誰かが「おかしいので注意してください」と記録していたのに、それが見過ごされて半年後、一年後に発見される、ということが実際にあります。もし誰もチェックしていない状態であれば、電子カルテ上に「早く確認してください」というアラートを出すだけで、見落としを防ぐことができます。

本来あってはならないことですが、輸血の際に血液型を間違えてしまうということも起こり得ます。私自身、救急病棟に勤めていた経験がありますが、看護師さんが輸血の管をつなぐ瞬間、名札に書かれた血液型にはっと気づくことがあります。もし気づかなければ、そのまま進んでしまう。だからこそ、ICチップのタグを血液側と患者側の両方につけて、食い違いがあれば警報が鳴る仕組みがあれば、瞬時にミスを取り返すことができます。ヒューマンエラーを回避する仕組みづくりは、非常に重要だと感じています。

同じようなタグの技術は、ミスの防止だけでなく、患者さんの負担軽減にも役立ちます。あと何分待てばよいかが分かれば、待合室で緊張しながら座り続ける必要はなくなります。病院によっては九十分もの遅れが出ることがありますが、待たされること自体が大きなストレスです。それを軽減してあげることも、医療の質を高めるという意味では大切な視点だと思います。

もう一つ重要なのが、ゲノム情報の活用です。今や遺伝子の異常を解釈し、どんな薬が適しているかを導き出すことは、AIを使えば簡単にできる時代になりました。しかし日本では、遺伝子の結果が出たあと専門家が集まる会議を三週間後に開く、というような仕組みが残っており、患者さんはその間ずっと待たされてしまいます。病状をよく知る医師がAIのヒントを得て即座に判断できれば、この時間は大幅に短縮できるはずです。

こうして見ていくと、AIの活用によって医療の質がどれほど高まるかがお分かりいただけると思います。ただ、日本の本質的な課題は、AIやデジタルを支えるインフラが整っていないことです。病院の六、七割が赤字という状況の中で、各病院にデジタル化の負担を強いるのは酷というものです。成長戦略として巨額の予算が語られる一方で、今、何をすれば最も効率的に医療の質を高められるのかを見極め、国がインフラを整備することこそが、私は最も大切だと考えています。

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第3回 · 2026年9月2日(水)

年間7700万時間の節約|血圧・体温記録を自動化し、待遇を上げよ

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

働き方改革によって、医療現場では働く時間を短くすることが求められています。しかし仕事の量が減るわけではありません。同じ量の仕事を短い時間でこなさなければならないのですから、医療従事者はますます忙しなく働き続けることになります。すでに過度な負担によって日本の医療は支えられているという状況の中で、その負担をできる限りAIに置き換えることが必要になってきています。

特に単純な記録作業は、人間がやらなくてもAIに任せられる部分です。たとえば看護記録がそうです。血圧や体温を測ってメモを取り、ナースステーションに戻ってから入力するという作業がありますが、今ではその場でピンマイクに話しかければ、看護記録として残るようになってきています。1日に何度も測定に回る手間を考えると、これを全国の病院で自動化した場合、年間で7700万時間ものトータル削減が見込めるという試算もあります。その分の超過勤務代の一部を看護師さんの給料として還元し、残りを病院の運営に充てることができれば、病院も看護師さんも仕事が楽になるという形が実現できるはずです。

医師についても同じことが言えます。診察室に入ると、お医者さんはモニターとキーボードを見ながら横目で話しかけ、患者と目を合わせて話す時間はわずかです。話を聞きながら記録のためにタイピングをしているからです。ここに生成AIを活用し、患者と医師の会話を自動的に記録できるようになれば、記録はきちんとした形で残り、言った言わないといった無駄な論争もなくなります。記録に費やす時間を減らすことは、そのまま医療現場の負担軽減につながります。

事務の面でも同様の変化が起きています。入院の説明には時間がかかりますが、AIが基本的な説明を行い、患者がAIに質問して、それでも分からない部分だけを人間に尋ねる仕組みにすれば、大幅な時間短縮が可能です。家族歴や病歴の確認も、家であらかじめアプリに答えを入力しておき、看護師さんが電子カルテを見ながら最終チェックをするだけで済むようになれば、これまで15分かかっていた記録取りが3分程度になり、入力時間も大きく減っています。

機械をうまく使い、記録作業の負担を軽減していくことは、医療現場で求められる大きな課題のひとつです。これからもさまざまな形で生成AIの活用が進み、働く人も患者も、みんながハッピーになれるような工夫として広がっていくと思います。

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第4回 · 2026年9月3日(木)

病床管理も看護配置もAI任せ|医療現場に眠る膨大なコストの正体

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

医療とAIというと、診断や治療の話ばかりが注目されがちですが、実は病院の中には、もっと地味で、けれど深刻な無駄がたくさん潜んでいます。私が特に気にかけているのは、部屋や人、薬といった資源の使い方です。

例えば手術室です。手術は予定通りに終わるとは限りません。早く終わることもあれば、長引くこともある。そのたびに次の手術の道具を揃え、部屋をやりくりするのは大変な作業です。ここにAIが入れば、必要な道具を自動で準備し、空いた手術室に別の患者さんを回すこともできる。夜遅くまで手術室の順番を待つ患者さんの負担も減らせます。ベッドの管理も同じです。退院予定だった人が急に退院しなくなる、そんな時のやりくりもAIが担えます。コロナ禍では看護師さんが発熱で足りなくなり、病棟間の人員調整に苦労した現場を何度も耳にしました。あれも本来はAIが状況を把握し、経験のあるスタッフを適切に補填する形で解決できることなのです。

そしてもう一つ、私が強く問題だと感じているのが薬の廃棄です。ある大手IT企業の話では、世界中で年間五兆円ほどの薬が有効期限切れで捨てられているそうです。病院の棚の奥で使われないまま期限を迎えてしまう薬も少なくありません。日本国内でも五百億から千億円規模の無駄があると言われており、コロナワクチンの大量廃棄はその象徴だったと思います。薬にタグをつけて管理すれば、期限が迫っている薬を必要としている別の病院へ回すことができる。地域の病院同士がデータベースでつながれば、こうした薬品ロスはかなり防げるはずです。

さらに気になるのは、処方された薬を患者さんが飲んでいないという問題です。友人が母親を亡くした際、遺品整理をしていたら引き出しいっぱいに薬が残っていたそうです。飲み忘れなのか、もらったものを断れなかったのか分かりませんが、こうした無駄も想像以上に多いのではないでしょうか。服薬状況をモニタリングする仕組みがあれば、これも解消できるはずです。

薬の廃棄は結局、病院の経営を圧迫し、医療費全体を押し上げます。高齢化が進む中で医療費をどう抑えるかは、国にとっても切実な課題です。質の高い医療を維持しながら無駄を減らす。その両立を支えるのが、AIによる地道な効率化なのだと私は考えています。

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第5回 · 2026年9月4日(金)

災害時に医療を止めないために|患者が自分の情報を持ち歩く時代へ

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

2011年の東日本大震災の当時、私は内閣官房参与として内閣医療イノベーション推進室に関わっていました。あの大地震で何が問題になったか。津波によって電子カルテも紙カルテもすべて失われてしまったのです。透析の患者さんを東海岸から西海岸へ搬送するお手伝いをしていましたが、結局その方についての情報が何もない。どの薬を使うと問題が起きるのかすら分からない状態でした。

いつどこで大震災が起きるか分からず、富士山がいつ噴火するかも分からない今、何かが起きたときに診療を継続することは極めて重要です。しかし情報がなければ、継続もなにもありません。だからこそ医療情報の整備が必要だと、15年前に内閣へ提言を出しました。ところがこの15年間、電子カルテの統一化と言われ続けながら、ほとんど何も進んでいません。統一化できれば大きなデータを集められるはずなのに、それすら実現していないのです。出張や旅行の先で急病になっても、自分の情報が何もないまま診療を受けることになる。本来は、いつでもどこでも誰でも診療情報を見られるようにしておけば、過去の病歴に基づいてすぐに適切な治療を始められるはずです。

その間にも、大阪の病院がランサムウェアの被害に遭い、三か月間診療できなくなるという事態が実際に起きました。富士山噴火や南海トラフ地震が起これば、関東や東海、四国、和歌山沿岸で診療情報の喪失は避けられません。防災対策としての医療情報確保は喫緊の課題なのに、手が付けられていないのが現実です。

今、大阪の国際がんセンターで取り組んでいるのは、電子カルテ情報を国際標準の形でクラウドに移すことです。電子カルテ会社によって接続が難しいと言われてきましたが、プログラムを組めば実現でき、二十年分のデータを連続して残すことができています。何かあったときにクラウドから簡易カルテを呼び戻せれば、診療の継続につながります。

思い返せば、二十年ほど前にアメリカの保健福祉大臣と会った際、彼は自分の病歴をすべて記録したCDカードを持ち、どこで倒れても診療を継続できると自慢げに語っていました。当時は日本では難しいと感じていましたが、これだけデジタル技術が進んだ今、検査結果をスマホに移すことは技術的に難しくないはずです。診療情報に常にアクセスできる環境を作ること、それが今、私たちに課された大きな仕事だと思っています。

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第6回 · 2026年9月14日(月)

日本の医療データが、AIを育てる | 均一な医療と大規模データベース構築の必要性

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村 祐輔さま / なかむら・ゆうすけ

生成AIは、情報の質が高く、量が多いほど賢くなります。AIの基盤となる開発技術で日本が米国や中国に勝つことは、容易ではないと私は考えています。では、日本はどこに可能性を見いだすべきでしょうか。その一つが医療です。

私は米国で通算11年間暮らしましたが、米国では所得によって受けられる医療の質に大きな格差があります。一方、日本には保険制度があり、全国どこでもかなり均質な医療を受けられます。その診療情報を適切に集めれば、質の高い大規模な医療データベースを構築できるはずです。これを生成AIに活用することで、質の高い医療AIを生み出し、医療の分野で日本を発展させるという発想が必要です。

大規模なデータベースがあれば、病名の候補を診断のヒントとして示すだけでなく、どの薬を、どの段階で使うべきかを考える助けにもなります。同じ抗がん剤でも、最初に使う場合と三番目に使う場合とでは、治療効果が異なります。現在はある程度決まった順番で使われていますが、データを蓄積して分析すれば、この薬はもっと早い段階で使ったほうがよい、といったことも見えてくるでしょう。

免疫療法の一種である免疫チェックポイント阻害剤は、その例です。当初は治療の後半でなければ使えませんでした。しかし、抗がん剤を重ねて患者さんの免疫力が弱まってから免疫を高めようとするより、免疫が正常に保たれている早い段階で使うほうが、科学的には合理的です。実際、次第に早い段階で使われるようになっています。

大腸がんでも、遺伝子に傷がつきやすいことによって起こる特定のタイプでは、薬によってがんが消え、手術をしなくてもよい可能性を示すデータが報告されています。がんの種類や治療の組み合わせによっては、手術をせずに治せる時代になりつつあります。

がんは総じて、塊が小さいほど治る確率が高くなります。早く見つけることに加え、どの薬を、どの段階で使うかが極めて重要です。しかし現在、日本国内には、その判断に必要な情報が十分に集約されていません。大阪国際がんセンターで進めているような取り組みをほかの病院にも広げ、さらに大きなデータベースにできれば、患者さんごとに何が最適なのかという答えを得られるようになると思います。

国内の労働人口が減るなか、病気を早く見つけ、早く治すことは、働く人口を確保することにもつながります。医療データを社会全体の資産として集め、どのような形で患者さんに還元するのか。いまこそ、その仕組みを大きな視点で考える時期に来ています。

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第7回 · 2026年9月15日(火)

待ち時間も、医療の一部 | 患者の不安を減らす、AIによる病院体験の変化

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村 祐輔さま / なかむら・ゆうすけ

今回は視点を少し変えて、患者さんにとって優しい病院、優しい医療機関をつくるために、AIをどのように活用できるかを考えたいと思います。

病院での待ち時間は、患者さんにとって大きなストレスです。診察室の運用を工夫すれば待ち時間そのものを短くできる可能性がありますが、それだけでなく、あとどれくらい待つのかをリアルタイムで伝えることも大切です。いつ呼ばれるのかわからない状態は、精神的な負担になります。待ち時間の見通しを示す仕組みも、患者さんに寄り添う医療の一部だと考えています。

大阪国際がんセンターでは、生成AIを使い、患者さんの病気や治療法、選択肢について説明する取り組みが始まっています。忙しそうな医師を前にすると、患者さんはわからないことがあっても質問しにくく、もう一度説明してほしいとも言い出しにくいものです。生成AIによる説明を自宅でも聞ければ、理解しにくい部分を何度でも確かめられます。そのうえで残った疑問を医師に質問し、患者さん自身が納得して治療に臨むことができます。AIは医師との対話に置き換わるものではなく、患者さんの理解を深め、その対話を支える役割を担えるのです。

病院の外で得られる情報も、これからの医療を変えていきます。今では心拍数や酸素飽和度をスマートウォッチで測ることができ、血糖も簡単にモニタリングできます。例えば心房細動のように、異変を感じて病院へ行っても、その時点では何も起きていない場合があります。しかし、日常的に計測した情報があれば、不整脈を捉えて診療に活かせる可能性があります。受診時の一時的な状態だけではなく、24時間を通じて得られる情報から、その人の健康を考えられるようになってきました。

抗がん剤治療でも同じです。治療は外来で受けることが増えていますが、次の受診まで患者さんがどのように過ごしたのか、医療者には十分に伝わらないことがあります。治療の翌日からつらくて動けなかったとしても、次の治療時には回復しているかもしれません。患者さんに日々の体調を入力してもらい、その情報を電子カルテにつなげれば、次の受診時に経過を把握できます。危険な兆候があれば電子カルテ上に警告を出し、来院を促すことも可能になります。

患者さんを診るのは、病院に来たときだけではありません。疑問を感じたときに生成AIへ質問でき、家庭での状態も診療につなげられれば、AIは24時間患者さんに寄り添う存在になり得ます。病気を治療するだけでなく、患者さんの不安を減らし、家庭での生活の質を高めることまで含めて医療を考える。そのためのAI活用が、すでに始まりつつあります。

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第8回 · 2026年9月16日(水)

夜の不安に、AIが応える | 本音を話せる相手としての存在

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村 祐輔さま / なかむら・ゆうすけ

患者さんに優しい病院や医療機関をつくるには、患者さんが抱える不安にどう向き合うかを考える必要があります。その一つが、生成AIを活用した相談窓口です。すべての電話相談を人が受け続けるのは容易ではありませんが、ある程度まで生成AIに任せることは可能になってきています。

例えば妊婦さんは、日々さまざまな不安を抱えています。世田谷にある医療機関では、妊婦さんからの相談を受け、AIが内容を判断する取り組みが行われています。心配のない場合には安心を伝え、判断が難しい場合には受診を勧め、緊急性が高い場合にはすぐに来院するよう促します。夜間は病院に電話をかけにくいものですが、いつでも相談でき、一定の答えが返ってくる窓口があれば、安心して過ごす助けになります。本当に緊急を要する状態を受診につなげられることも重要です。

AIホスピタルと聞くと、多くの人は冷たい医療を想像します。ただでさえ医療者と話す機会が少ないのに、そこへAIが入れば、ますます人間が遠ざかるのではないかと感じるのでしょう。しかし、AIだからこそ話せることもあります。例えば、うつ病の患者さんの中には、人間の医師よりAIに対して本音を打ち明ける人がいます。医師には告げにくい思いをAIが受け止め、その内容を診療に生かせる可能性があるのです。

現在の診察室では、医師が画面を見ながら診療し、患者さんと目を合わせて話す時間を十分に取れないことがあります。看護師も仕事に追われています。かつては看護師と患者さんが触れ合い、病気だけではなく、その人を見ることが大切にされていました。病院は病気だけを見る場所ではありません。病人を見て、その心までケアして初めて医療だと私は考えています。

悪い知らせを伝えるときも、事実を告げれば終わりではありません。相手がどのような表情をし、どのような思いで受け止めているのかを察し、その心を支えることまでが医療です。そのためにも、記録などの業務をAIに任せ、人が患者さんと向き合う時間を取り戻す必要があります。

AIの最大の利点は、人を医療から追い出すことではありません。医療者が時間と心の余裕を取り戻し、相手の心を考えられるようにすることです。夜の不安に答え、言いにくい本音を受け止めるAIと、患者さんの表情を見つめて支える医療者。その両方がつながることで、思いやりのある温かい医療を取り戻せると私は思っています。

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第9回 · 2026年9月17日(木)

医療AIを、診断格差をなくす力に | 地域や専門性の差を超える、これからの医療支援

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村 祐輔さま / なかむら・ゆうすけ

大規模な医療データベースとAIは、診断を支援するだけでなく、医療者の教育にも活用できます。私は、その先に地域による医療格差を縮める可能性があると考えています。

離島や僻地など、医療資源や専門医が限られた地域であっても、AIの支援があれば、専門家に近い情報を得られるようになります。例えば乳がんについて、病気の説明や治療法、さまざまな選択肢を患者さんに伝えるには、一時間以上かかることもあります。治療法は変化するため、情報を絶えず更新しなければなりませんが、適切に更新された情報を乳がんの専門医がいない病院の医師も利用できれば、専門医と同等の知識を即座に得ることができます。

画像診断でもAIの活用が進んでいます。乳がんの診断に用いるマンモグラフィーでは、画像に異常があるかどうかを読み取る必要があります。白人とアジア人では乳腺の密度が異なるため、海外で開発されたAIが日本人にも適用できるかを、がん研有明病院で検証しました。日本では二人の専門医が画像を読むことになっていますが、二人の人間が読む場合と、専門医一人とAIが読む場合を比較すると、同じレベルの正確さで判定できるようになってきています。

心電図についても、AIは専門医に近いレベルで読み取り、どのような不整脈なのかを判定できるようになっています。もちろん、AIが常に正しく、百パーセントの精度で診断できるわけではありません。しかし、人間の専門医同士でも判断が異なることはあります。少なくともAIは、人間と同等、場合によってはそれ以上の精度で診断を支援でき、特に経験の浅い医療者が単独で読むよりも高い精度を期待できます。同じ、あるいは似た機器を利用できる環境なら、AIを補助に用いることで、地域を問わず同じ質に近い診断を受けられるようになるはずです。

一方で、AIが誤った場合に誰が責任を負うのかという議論は続いています。現在の日本では、法的な観点からも、最終的な責任は人間が負わなければなりません。その前提を理解したうえでAIを使う必要があります。それでも私は、AIによって診断ミスを格段に減らせると考えています。AIを使うか使わないかではなく、医療の質を高め、診断格差を縮めるために、どのように使うのかを考える段階に来ています。

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第10回 · 2026年9月18日(金)

AIの隣で、医師は何を学ぶのか | 変わる医療環境に向き合う、医学教育の未来

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村 祐輔さま / なかむら・ゆうすけ

医療に関わる人材が足りているかを考えるとき、医師の人数だけを見ても実態は捉えられません。働き方改革によって勤務時間が限られる一方、医療者が扱う知識も仕事量も増え、患者さんに説明すべき内容も格段に多くなっています。人数の増減だけではなく、仕事の内容や負担の変化を踏まえて議論する必要がありますが、日本ではその前提が十分に整っていません。

地域による格差や診療科の偏在も生じています。医師を目指す人たちは、これからどの分野の仕事が重要になり、どの仕事が失われる可能性があるのかを敏感に見ています。生成AIが専門家に近いヒントを迅速に与えるようになれば、幅広い知識を持つことだけで評価されてきた医師の役割も変わるかもしれません。AIの普及によって診療科の偏在が減るのか、それとも別の偏りが生まれるのかを考えていかなければなりません。

日本の医療では、同じ処置であれば、長年の経験を持つ医師でも一年目の研修医でも診療報酬は同じです。こうした医療のあり方そのものも、生成AIの導入によって大きく変わる可能性があります。熟練した専門家でなければ診断できなかった病気は、次第に限られてくるでしょう。画像診断については、将来仕事がなくなるのではないかと言われるほど、AIの影響が意識されています。一方、私の知人からは、最近は外科を選ぶ人が増えていると聞きます。卓越した手技は、少なくともしばらくはAIに代替されにくいと考えられているからでしょう。

このように医療環境が変わるなら、医学教育も変わらなければなりません。これまでの医学教育では、知識を身につけることが重視されてきました。しかし、知識をAIが提供する時代に、医師は何を学ぶべきなのでしょうか。私は最近、これから重要になるのは、愛と思いやりを持つことのできる医師だと話しています。

これまで医学教育の場では、人間力を高めるための訓練が十分に取り上げられてきませんでした。今こそ、そのための教育を考える必要があります。ただし、人間力を教えられる指導者がどれだけいるのかという難しい問題もあります。時代によって求められる人材は変わるのに、日本の教育は、その変化に十分対応しきれていません。これは医学だけの課題ではなく、さまざまな分野で起こり得ることです。AIに何を任せるかを考えるだけでなく、AIの隣に立つ人間が何を磨くのか。その教育的な課題を、いま社会全体で考える必要があります。

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第14回 · 2026年10月1日(木)

AIガバナンス4:標準化とルールの議論を、いま

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

私は、AIを利用するうえで必要となる法規制と標準化について考えている。AIの利用は急速に広がっているが、何をどのように使うべきかという規制には、まだ統一感がない。医療では、すでに電子カルテの標準化が大きな課題になっている。病院ごとにシステムが異なり、同じ企業の製品でも、それぞれの病院に合わせて改修されている。そのため、データをつなごうとしても簡単にはつながらず、日本では大規模なデータを集めることが非常に難しい。

国が標準を決め、それに従う仕組みを整える必要がある。しかし、電子カルテを開発する企業同士の競争もあり、一本化は進んでこなかった。その間に各病院で独自のカスタマイズが重ねられ、日本全体として大きなデータベースを構築しにくい状況が生まれている。AIを使う際に何へ注意すべきかという点も、十分に整理されているとは言い難い。

国際的には、AIを開発する企業自身から、開発にブレーキをかけるべきではないかという声が出ている。ある企業の生成AIが、別の企業の生成AIの弱点を見つけてハッキングするような事態も起きている。AIが自立的にコンピューターの弱点を探し、攻撃の応酬になれば、社会に深刻な影響を及ぼしかねない。私たちは、AIが持つ力をまだ十分に測りきれていないのではないか。開発企業が慎重な姿勢を示す背景にも、自ら作ったAIが暴走するかもしれないというリスクへの認識があるのだと思う。

一方、トランプ大統領は、中国との競争に勝つために、開発にブレーキをかける必要はないという立場を示している。技術開発が国家間の競争と結びつくなか、日本はこうした議論から取り残されている。日本製のクラウドを見ても、米国と競争できるものは乏しい。私たちが中国の生成AIを試したところ、紙に書かれた文字をスキャンしてテキスト化する能力では、中国製AIが一段抜きん出ていた。漢字を読み取る能力の高さは無視できない。

ただし、中国のコンピューターを使うことで、日本のデータが中国側に漏れるかもしれないというリスクを負うのかという問題がある。単に性能だけで選べる話ではなく、議論しにくい面もある。それでも、一定の法規制と標準化を進めなければ、日本はさらに遅れていくだろう。生成AIをどう使うかという国際的な議論に、日本は自らの意見をほとんど反映できていない。

遅れたこと自体は大きな要因だが、今からでも将来を見越した法規制や、倫理的に何をしてはならないのかという議論を始める必要がある。文化的背景は国によって異なり、法規制や倫理をめぐる議論にも難しさがある。それでも、社会の議論から取り残されないために、国内での議論をどんどん進めていく必要があると私は考えている。

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第13回 · 2026年9月30日(水)

AIガバナンス3:安全神話を越えて医療データを守る

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

私は、AIを医療に活用していくうえで、プライバシーとセキュリティは避けて通れない課題だと考えている。データがどこに置かれていても、ハッキングされる可能性はある。外部からシステムに忍び込み、データを抜き取る方法もある。診療情報や遺伝子情報は高度に私的な情報であり、その利活用を進めるなら、同時に守る仕組みを整えなければならない。

日本では、診療情報の多くが病院内に置かれている。いまはその枠を越え、大きなクラウドサーバーに情報を集め、そこで診療情報などを管理しようという方向に動いている。外部から切り離したコンピューターに保存すれば安全だという考え方もあるが、病院のシステムは実際にはさまざまな場所とつながっている。大阪の急性期総合医療センターがランサムウェアの被害を受け、診療が数カ月止まった際には、給食センターとの接続が侵入口になった。病院内に置いていることや、隔離していることだけでは、安全を保証できないのである。

一方、クラウドには、データがどこかに浮かんでいるような印象があり、危険だと見られてきた。しかし、生成AIがシステムの穴を見つけ、いつでも攻撃できるかもしれない状況を考えると、個々の医療機関がそれぞれ十分な防御態勢を築けるのかを問い直す必要がある。大学病院を含め、本当にセキュリティを確保できる人員がそろっているとは言い難い。私がいるような小さな研究所では、独力で高度な防御を続けることは難しい。

絶対に安全なコンピューティングシステムはない。その前提に立たなければならない。日本には約八千の病院があり、規模も環境も異なる。その一つ一つに、高度なハッキングを防げるだけの人材がいるかといえば、明らかに不足している。国内のセキュリティ要員やITを監視する人員も、十分とはいえない。各病院はITの保守に多くの費用を払っているが、それによって必要な安全性が確保されているかは別の問題である。

医療データを守るためには、ある程度中央で管理し、トップクラスのセキュリティ要員を配置する必要があると私は考えている。国が医療用のサーバーを用意し、クラウド形式で運用しながら、高い能力を持つSEが監視する。ハッキングやさまざまなトラブルを防ぐ仕組みを、国の責任で構築するのである。

診療情報や遺伝子情報の管理を各医療機関だけに委ねるのではなく、国が責任を持つ形にすれば、病院の経営負担を軽くできる可能性もある。大きなデータを集めていくべきだと私は考えているが、病院内に置けば安全だという神話が、その壁にもなっている。さまざまなところにつながっている以上、本当に安全かどうかは分からないのである。危険がなくならないことを認めたうえで、国が人材を集め、医療データを守るための思い切ったインフラ整備が必要なのである。

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第12回 · 2026年9月29日(火)

AIガバナンス2:見えない判断を、医療はどう引き受けるか

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

私は、AIがいかに正しく作られ、正しく運用されるかを、非常に重要な課題だと考えている。AIはデータを解析して答えを出すが、なぜその答えに至ったのかという過程には、十分な透明性がない。データを入れれば、もっともらしい答えが返ってくる。使ってみるとよさそうだが、透明性が担保されず、説明責任も果たされていない。それでよいのかという疑問は、とりわけ医療の分野で多く出ている。透明性と説明責任は以前から求められてきたが、いまだ十分に明確になっていないのである。何を根拠に、どのような解釈を経て結論を導いたのかが見えなければ、私たちはどこかで恐れを抱かざるを得ない。

これはブラックボックス問題と呼ばれている。AIの内部では、ある特徴をもとに分類し、さらに別の特徴をもとに分類するという処理が行われているのだろう。だが、その流れを外から確認することは難しい。中身が分からないまま、何となく使っているという状態なのである。だからこそ、AIがどのデータをもとに何を考え、なぜその答えを出したのかを説明できる仕組みが必要になる。その説明を受けて、人が答えの妥当性を判定できなければならない。透明性と説明責任が求められる理由はそこにある。

医療では、責任の所在も避けて通れない。診断補助AIの答えに基づいて診断し、その結果が誤っていた場合、誰が責任を負うのか。現状では、AIはあくまでも診断を補助するものであり、最終的な判断を下す医師が責任を負う形になっている。しかし、この考え方がどこまで通用するのかは、なお議論が必要である。責任の所在をめぐっても、まだ十分な議論が行われているとはいえない。

同時に、人間の医師による診断が、現在どの程度誤っているのかも見なければならない。日本には十分なデータがないが、動脈や静脈が詰まって問題が起きる病気では、初診時の診断エラーが二〇〜二五%に上るという例がある。四、五人に一人は最初に正しい診断がついていないことになる。仮にAIがその半分でも正確に可能性を示唆できれば、一〇〜一三%ほどの患者が早期に正しい診断を受け、重症化する前に治療へ移行できる可能性がある。そのメリットは大きい。

もちろん、AIも間違うのではないかという疑問は必ず生じる。だから、AIを適切に評価し、誰がどのような形で責任を持つのかを定める必要がある。医師が最終的な責任を負うとしても、AIの診断補助によって診断ミスや診断の遅れが実際に減るのであれば、私は積極的に導入していけばよいと考える。ただし、入力と答えの間にある過程が見えないままでは、医療で安心して使うことは難しい。求められているのは、答えを出すだけでなく、その根拠と道筋を説明できるAIなのである。

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第11回 · 2026年9月28日(月)

AIのガバナンス1:公平性は、元データから始まる

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

私は、AIをどのように使い、その働きをどう評価し、コントロールしていくのかという観点が重要だと考えている。AIを開発する企業の間でも、AIが暴発、暴走することへの懸念が非常に強い。AIができたというだけで社会に送り出すのではなく、何を根拠に答えを導き、その答えが正確に機能しているのかを確かめなければならない。AIのガバナンスを考えるうえで、まず問うべきなのは、元となる情報が公平に集められているか、そこにバイアスがないかという点である。

元データに偏りがあれば、AIが導き出す答えも誤った方向へ進む。私たちが扱っている遺伝子やゲノムの世界では、情報のかなり多くが白人から得られたものである。そのデータを基に、さまざまな病気の危険性を推測するアルゴリズムが作られている。しかし、それをアジア人やアフリカ人に当てはめると、予測が外れることがある。元の情報がどれほど公平に集められたものなのかを検討しなければ、完成した生成AIをそのまま使えるのかどうかは、判断が難しい。

アルゴリズムそのものに差別的な方向性が組み込まれる危険もある。かつて、アフリカ人の画像を見せた際、AIがゴリラだと答え、社会的な問題になった事象があった。それが意図によるものだったのか、単に精度が低かったのかは別としても、AIは一歩使い方を誤れば差別や偏見を生みかねない。どのような場面で、どのように利用するのかを慎重に設定するとともに、作られたAIがどの程度正確に機能しているのかを判定する仕組みが必要である。

現状では、AIが開発されるとそのまま社会にリリースされ、大元のデータがどれだけ正しく、公平であるかについて、十分な評価が行われているとは言い難い。ここを曖昧にしたまま利用を広げれば、後になって大きな問題が生じると思う。また、開発者が自分の意見を強調するようにアルゴリズムを作れば、思想を操作するような形でAIが使われることになりかねない。実際、ヒトラーを崇拝するような答えがAIから頻繁に出てきた例もある。AIが思想操作の手段として使われる可能性を、軽く見ることはできない。

私は、社会的なルールとしてAIをどう評価するのかを定める必要があると考えている。しかし、日本国内では、そのための議論がほとんど行われていない。AIの公平性、とりわけ元データが公平であるか、どのようなバイアスを含んでいるかをどう評価するのかについて、早く議論を始めるべきである。その答えを生み出す土台となる情報の公平性を、しっかり検証していかなければならない。できるだけ偏りがなく、間違いの少ないAIを作るために、その評価のあり方を考えることが強く求められる時代になったと私は考えている。

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第15回 · 2026年10月2日(金)

AIガバナンス5:最悪の事態からAIを考える

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

私は、AIを使う際には、その性能だけでなく、信頼性と安全性を考えなければならないと思っている。AIの性能は急速に高まっているが、訓練された内容や蓄積された情報の範囲では適切に対応できても、未知の事例に直面すると、無理に答えを作ることがある。私自身、ある内容について書かれた論文を尋ねたところ、もっともらしい回答が返ってきたものの、調べると、そのような論文は存在しなかった。場合によっては、完全に虚偽の情報を示すのである。

繰り返し使っていると、AIが私の考え方をある程度理解し、質問に対して迎合するような答えを返すこともある。おべんちゃらのような回答では、必ずしも公平性が保たれているとはいえない。そこに注意しておかないと、大きな間違いにつながるのではないかと私は考えている。

この問題は医療に限らない。今後は交通網の操作や金融システムなど、さまざまな場面にAIが入り込んでくるだろう。すでに裁判の判決文をAIが書くという例も現れている。そこで重大なエラーが起きたとき、誰が、どのように発見するのかが問われる。交通システムの誤作動は大きな事故につながり、金融システムの異常は社会に深刻な混乱をもたらしかねない。システムが故障したときに、どこで異常を検知し、どう停止させ、どのように対応するのかまで考えておく必要がある。

私たちは、抗がん剤治療を外来で受ける患者に、自宅での体調をアプリへ入力してもらい、副作用の危険な兆候が見つかった場合に病院へ来てもらうシステムを評価している。治療と次の治療の間の一週間、二週間を、患者が家庭でどう過ごしているかを把握するためである。しかし、システムに何らかの手を加えた後、動かなくなることが立て続けに起きた。手順に問題があったのかは分からないが、どこかには人間の作業が介在する。人間とAIの組み合わせがうまく機能しなければ、手を加えて直したつもりでも、実際には動いていないという事態が起こり得る。AIそのものが何かおかしな動きをする可能性もある。

だからこそ、別のAIなのか、それ以外の仕組みなのか、もう一つ点検するための備えを整え、被害が広がる前に歯止めをかけなければならない。交通システムであれば、誤った信号によって事故が起きるくらいなら、信号自体を止める仕組みも必要になる。金融システムがハッキングされ、資金が異常に移動した場合に、元へ戻せるのか、途中で停止できるのかという問題も、すでに起こり得る話である。AIを導入するときには、最悪のケースを想定し、異常を発見して止める方法まで設計する必要がある。しかし、現状ではそこまで備えが進んでいないのではないかと思う。信頼性と安全性に限らず、これまで取り上げてきたAIのガバナンスのさまざまな課題について、まだ十分な議論ができていない。それが私の強く危惧するところである。

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第16回 · 2026年10月12日(月)

人が見るべきものを、AIに選ばせる

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

AIの導入によって、医療現場の仕事は大きく変わる。まず減少するのは、カルテへの入力、書類作成、情報検索といった作業である。大学病院では、医師と患者の会話を横で筆記する人もいるが、こうした記録もAIが担うようになるだろう。人間が時間を費やしてきた入力や文書作成は、今後、急速に減っていくと考えている。

画像診断も大きな影響を受ける。医療現場では日々、膨大な画像データが生み出されている。かつて一人につき十枚ほどだったCT画像が、いまでは数百枚単位になることもあり、すべてに人間が目を通すことは現実的ではない。AIが問題のない画像をあらかじめ除き、少しでも疑いのある画像を人間が確認する形へ移行するはずだ。さらにAIが異常を判定し、画像上の問題をまとめた読影レポートまで作成する時代になる。

私がかつて勤めていた病院とGoogle社が行ったマンモグラフィの研究では、AIが読影専門医と同程度の水準で画像を読影できるという結果が出ている。今後さらにデータが蓄積され、精度が高まれば、AIが専門医を上回る可能性もある。その結果、放射線診断医の仕事はかなり減少するだろう。ただし重要なのは、単に人間を置き換えることではなく、増え続ける画像の中から、人間が本当に見るべきものを選び出すことである。

病理診断でも同様の変化が起こる。病理標本のスライドを作る作業はロボットに置き換えられ、均質なスライドグラスを作れるようになるだろう。その画像をコンピューターが解析し、分類や診断を補助すれば、病理診断医の負担は軽減される。私は画像そのものの進歩にも期待している。4K、8Kの映像で従来見えなかったものが見えるようになったのと同じく、解像度の高い病理画像を解析することで、細胞内の微細な構造が明らかになり、病気を理解する新しい手がかりが得られるかもしれない。

受付、案内、予約、本人確認、会計といった業務も自動化が進む。すでに患者の受付や予約変更をデジタルで処理する病院は増えている。診療報酬が変わるたびに会計システムを変更する作業は病院にとって大きな負担だが、従来のシステムと新しい診療報酬体系をAIでつなげれば、移行や会計計算を効率化できる。

薬の在庫管理にも改善の余地がある。十分に管理されないまま有効期限を迎え、廃棄される薬は少なくない。AIが期限を把握し、使用できなくなる時期を事前に知らせれば、地域で連携して必要な病院へ回すことができる。AIによる医療の変革とは、診断だけの話ではない。記録、画像、会計、在庫という医療を支える仕組み全体を見直し、人間の負担と無駄を減らすことなのである。

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第17回 · 2026年10月13日(火)

人にしかできない医療へ

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

AIによって多くの業務が自動化されれば、人が担わなくてもよい仕事は次第に置き換えられ、人間は人にしかできない仕事へ注力するようになる。医療においても、診断や治療方針の決定には、最終的に医師が責任を持たなければならない。ただし、医師が一方的に決めるのではない。患者さんに丁寧に説明し、相談したうえで、十分な情報を得た患者さん自身が受けたい治療を判断する。AIの導入によって、そのための時間を取り戻せる可能性がある。

現在の診察室では、医師が診察時間の九割以上、モニターやキーボードに向かい、検査データの数字を見ながら話していることも少なくない。そのような状況では、患者さんは医師に質問しにくい。説明も、義務を果たすためにすべてを伝えることが優先され、相手が本当に理解しているかを確かめないまま進みがちである。患者さんも、突然多くのことを説明されて「分かりましたか」と聞かれれば、分かっていないとは言いにくい。そのまま同意し、書類に署名した後で問題が起これば、「言った」「聞いていない」という争いにつながる。

医師と患者さんの会話をAIが記録できれば、どのような説明があり、患者さんがどう答えたのかを残せるため、こうした争いは減っていくだろう。しかし、記録が残ればそれでよいわけではない。重要なのは、患者さんが理解できる形で説明し、納得して判断できる環境をつくることである。私は、生成AIが説明の一部を担い、一定の質疑応答にも対応する形を考えている。

例えば乳がんと診断された患者さんには、病気の性質や治療法に加え、手術で乳房をすべて取るのか、部分的に取るのか、抗がん剤をどうするのかなど、多くの説明が必要になる。子どもを望む若い女性であれば、さらにどのような選択肢があるのかも伝えなければならない。すべてを説明すれば一時間ほどかかり、医師が毎日同じ説明を繰り返す負担も大きい。どうしても早口になり、患者さんの理解を十分に確認できない場合もある。

私たちが作ったアプリでは、こうした説明を自宅でも閲覧できる。動画形式であれば、患者さんは理解しにくかった部分をゆっくり見直せる。家族と一緒に確認し、相談したうえで、次の診察時に分からない点を医師へ詳しく尋ねることもできる。その過程を経て、患者さんは自分が受けたい治療を選べるようになる。

生成AIやAIによって記録や説明に伴う業務を減らすことは、単なる効率化ではない。そこで生まれた時間を、医師が患者さんと目を合わせ、対話するために使うことが大切である。AIに任せられる部分を任せるからこそ、医師は患者さんの理解や迷いに向き合える。人間が担うべき医療をより丁寧にするために、AIを使っていく必要がある。

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第18回 · 2026年10月14日(水)

人にしかできない時間を取り戻す

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

AIが医療現場に導入されると、看護師の仕事も大きく変わる。看護師は勤務時間の約3割を記録に費やしているといわれる。患者の体温や血圧を測り、その場ではメモを取り、ナースステーションへ戻ってから入力する。こうした作業を生成AIに置き換えることができれば、看護師の負担は大幅に軽減されるはずである。

例えば、看護師が病室で「血圧はいくらです」と口にした情報を、ピンマイクを通して看護記録へ直接送る。処置の内容もその場で話し、生成AIが整理して記録すれば、後から改めて入力する必要はない。仮に一人の患者に対する一回の記録を1分、訪室を一日3回として、全国の病院に自動記録システムが導入されれば、年間で約7700万時間を節約できる。話し言葉をそのままテキストとして残せるだけでも、記録に使われる時間は激減する。

看護師同士のカンファレンスや申し送りにも生成AIを活用できる。話した内容をテキスト化し、患者ごとに注意すべき項目を整理して残せば、情報共有のための作業も効率化される。すでにいくつかの病院では、こうした仕組みを取り入れ、看護師の負担や残業時間の軽減につなげている。看護現場の変革は、医療のほかの領域よりも意外に早く進んでいるのである。

ただし、目的は単に仕事を速く終わらせることではない。現在の看護師はせわしなく動き続け、患者が病気について尋ねたくても、声をかけにくい状況にある。人間がしなくてもよい作業をAIに任せれば、看護師は患者と直接触れ合い、その心に寄り添うための時間を持てる。医療の原点は人と人との触れ合いであり、患者の心の満足も医療の質を考えるうえで非常に重要である。

時間の余裕は、安全にもつながる。ある病院のデータでは、病室へ薬を届ける際、250回に1回ほど、薬の種類や量を間違えることがあるという。慌ただしい状況では、人はどうしてもエラーを起こしやすい。記録業務を減らし、時間と心にゆとりを持てれば、人的なミスも格段に減らせるはずである。

生成AIによって看護師の仕事がなくなるのではない。仕事の中身が変わり、人間にしかできない役割へ、より多くの時間を使えるようになるのである。患者と接する時間を増やし、心に寄り添いながら、より安全で満足度の高い医療を実現する。そのためにAIを使うことが、看護現場における変革の核心だと私は考えている。

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第19回 · 2026年10月15日(木)

ゆとりが医療の質と安全を変える

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

医療現場へのAI導入によって、さまざまな職種の仕事の性質が変わりつつある。では、AIとデジタル化は医療の何を本質的に変えるのか。全体を俯瞰すると、その意義は医療の質、生産性、安全性という三つの課題への貢献に整理できると私は考えている。

医療の質を高める形は一つではない。AIによって事務や記録の負担を減らせれば、医師は患者さんとよりゆっくり話し合い、丁寧に説明する時間を持てる。看護師も、患者さんに寄り添って接する余裕を確保できる。これは医療そのものの質だけでなく、患者さんの満足度の向上にもつながる。一方、生成AIが診断を補助し、薬の間違いなどを確認することは、医療を提供する側から見た質の向上を支える。

生産性も確実に高まる。看護師は勤務時間の約三割を記録に費やし、夜勤の時間帯にはその負担がさらに重くなる。人がしなくてもよい作業を機械に任せれば、勤務時間の削減だけでなく、看護師として本来担うべき仕事に力を注げるようになる。医師も、機械に置き換えられる作業を委ね、その分を患者さんとの対話に振り向けることができる。生産性を上げるとは、単に仕事を速く処理することではない。人にしかできない仕事へ時間を戻すことなのである。

最も目に見える効果は、医療の安全性に表れるだろう。人は、せわしなく仕事に追われるとミスをしやすい。病棟で患者さんに薬を配る際にも、一定の頻度でエラーが起こる。時間と心にゆとりが生まれれば、そうした間違いは減らせるはずだ。患者さんの取り違えや、左右を間違えて臓器を取ってしまうような重大な事故についても、さまざまな形でAIを取り入れ、確認を重ねることで、可能な限り抑えられる。人間である以上、ゆとりを失えば誤りは起こりうる。その前提に立って仕組みを整えることが重要である。

診断でも同じことが言える。多くの患者さんが待っている状況では、早く診断しなければならないという意識から、「こうだから、こうに違いない」と短絡的に考えがちになる。最初の思いつきにとらわれ、ほかの可能性を検討しないまま決め打ちをすれば、診断ミスや診断の遅れにつながる。考える余裕があり、生成AIからヒントを得られれば、複数の可能性を探ることができる。医療の質をどう担保し、生産性と安全性をどう高めるのか。AIを個別の道具として見るだけでなく、この三つの課題から医療全体を見直し、解決策を見いだしていくことが必要である。

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第20回 · 2026年10月16日(金)

AIの答えの先で、医師は何を引き受けるのか

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生

AIとデジタル化によって医療現場が急速に変わるなか、医師には何が必要で、医学教育は何を教えるべきなのか。これを考えることは急務である。しかし、現在の医学教育は知識の詰め込みが中心であり、変化への対応が遅れていると私は感じている。AI時代に求められる医師を育てるためには、教育そのものを見直さなければならない。

第一に不可欠なのは、AIを使いこなすためのリテラシーである。これからは、AIをうまく使える医師がよい医師になるだろう。ただし、AIは誤った答えを出すかもしれず、偏ったデータに基づいて回答する可能性もある。どのように質問すれば適切なヒントを得られるのかを学び、その答えを安易に信じない姿勢が必要だ。

そこで重要になるのが、考える力である。AIは多くのヒントを与えてくれるが、それを患者さんの実際の症状と結びつけ、推論するのは医師自身だ。AIはあくまで補助役であり、最後に判断し、責任を負うのは自分である。この原則を忘れてはならない。

同時に、AIが利用するデータへの理解も欠かせない。データがどのように集められ、解析されたのか。AIを利用するとき、患者さんのプライバシーをどう守るのか。医療者には、その最低限の素養が必要である。プライバシーに無頓着な人も少なくないからこそ、絶対に外してはならない点を教育のなかで明確に伝えるべきだ。

ゲノム医療の視点も不可欠である。同じ病名でも、患者さんごとに病気の成り立ちは異なる。がんでは遺伝子の異常が違えば選ぶ薬も変わり、ゲノム情報によって副作用を避ける判断もできる。免疫に関係する遺伝子も非常に多様であり、ワクチンへの反応が全員同じになるとは考えにくい。こうした多様性への理解は、個別化医療の基礎になる。

一方で、AIの能力が高まるほど、人間である医師の役割も鮮明になる。患者さんに共感し、丁寧に意思を通わせる力である。患者さんが医師に求める最大のものは、不安を取り除く安心感ではないか。心を支えながら安心を与えることは、人間だからこそできる重要な仕事である。さらに、倫理的、法的な観点を持ち、社会のなかで医師としてどう振る舞うべきかを考え続けなければならない。

医療はこれからも進化する。治療に当たるだけでなく、目の前の患者さんを通して生まれた疑問や課題を解決する研究力と創造性を磨くことも必要だ。AIを学ぶとは、判断を機械に委ねることではない。AIから得たヒントを吟味し、患者さんの多様性と心に向き合い、最後の責任を自ら引き受ける力を育てることなのである。