第2回 · 2026年9月1日(火)
AIが治療薬を選ぶ日|個々の遺伝子に対応する最適医療への大きな一歩
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長中村祐輔先生
人間は必ずミスをします。これは避けられない事実です。だからこそ、そのミスをAIが見つけてくれることには大きな意味があると思うのです。
たとえば画像検査で、誰かが「おかしいので注意してください」と記録していたのに、それが見過ごされて半年後、一年後に発見される、ということが実際にあります。もし誰もチェックしていない状態であれば、電子カルテ上に「早く確認してください」というアラートを出すだけで、見落としを防ぐことができます。
本来あってはならないことですが、輸血の際に血液型を間違えてしまうということも起こり得ます。私自身、救急病棟に勤めていた経験がありますが、看護師さんが輸血の管をつなぐ瞬間、名札に書かれた血液型にはっと気づくことがあります。もし気づかなければ、そのまま進んでしまう。だからこそ、ICチップのタグを血液側と患者側の両方につけて、食い違いがあれば警報が鳴る仕組みがあれば、瞬時にミスを取り返すことができます。ヒューマンエラーを回避する仕組みづくりは、非常に重要だと感じています。
同じようなタグの技術は、ミスの防止だけでなく、患者さんの負担軽減にも役立ちます。あと何分待てばよいかが分かれば、待合室で緊張しながら座り続ける必要はなくなります。病院によっては九十分もの遅れが出ることがありますが、待たされること自体が大きなストレスです。それを軽減してあげることも、医療の質を高めるという意味では大切な視点だと思います。
もう一つ重要なのが、ゲノム情報の活用です。今や遺伝子の異常を解釈し、どんな薬が適しているかを導き出すことは、AIを使えば簡単にできる時代になりました。しかし日本では、遺伝子の結果が出たあと専門家が集まる会議を三週間後に開く、というような仕組みが残っており、患者さんはその間ずっと待たされてしまいます。病状をよく知る医師がAIのヒントを得て即座に判断できれば、この時間は大幅に短縮できるはずです。
こうして見ていくと、AIの活用によって医療の質がどれほど高まるかがお分かりいただけると思います。ただ、日本の本質的な課題は、AIやデジタルを支えるインフラが整っていないことです。病院の六、七割が赤字という状況の中で、各病院にデジタル化の負担を強いるのは酷というものです。成長戦略として巨額の予算が語られる一方で、今、何をすれば最も効率的に医療の質を高められるのかを見極め、国がインフラを整備することこそが、私は最も大切だと考えています。