Ishihara Hiroe

nov 26 2021

ノーベル賞級
共有資源を守る「漁協」の知られざる価値


東京大学大学院新領域創成科学研究科
准教授 石原広恵さま

水産資源は本来再生可能な資源であり、適切に管理すれば永続的な利用が可能なもの。しかし、「水産資源は、通常、海の中を泳いでいる時には誰の所有にも属しておらず、漁獲されることによって初めて人の所有下におかれるという性質(無主物性)をもっており、水産資源の漁獲に当たって何の制限も課されていない状態では、自分が漁獲を控えたとしても他者がそれを漁獲することが懸念され、いわゆる「先取り競争」を生じやすくなります。」(「水産庁」新たな資源管理の部屋より)

仮に、先取り競争によって、資源状況からみた適正水準を超える過剰な漁獲(=乱獲)が行われた場合、水産資源が自ら持っている再生産力が阻害され、資源の大幅な低下を招くおそれがあります。いわゆる「コモンズの悲劇」(多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招いてしまうという経済学における法則。共有地の悲劇ともいう。)という法則が漁業にも当てはまってしまう、ということです。

世界の漁業が成長を続けているのに比し、日本の漁業は逆に縮小しているとよく言われます。しかし、実態はどうでしょうか?以下の2つの図をご覧いただくと少し「誤解」があるように感じます。





世界の漁業が成長している内訳は「養殖」であって、「天然魚」に関しては日本同様に横這いである、という実態を見て取ることができます。つまり、日本の漁業は「天然魚」を見れば世界とそれほど差があるというわけではない、比較的うまくいっている、ということも言えるのです。

その理由の一つに「漁業協同組合(漁協)の存在がある」と話すのは、東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授 石原広恵さん。石原先生は、2009年にノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロム教授にも指導を受け、オストロムの制度設計という概念から日本の沿岸漁業管理のあり方について研究を重ねています。

共有資源に関する研究は、「コモンズの悲劇」が論じられるようになって以降盛り上がっていました。この中で、オストロム教授は、世界中の事例からどのような制度であれば持続的に共有資源を管理できるのか、8つの制度原理として明らかにされたのです。

・明確に定義された境界線が存在すること
・費用に利益が見合っていること
・多くの利用者の意見が意思決定に反映されること
・利用状況や利用者の動向が監視されていること
・ルール違反の処罰の重さは事柄の軽重によること
・争いを解決するしくみが備わっていること
・制度設計する利用者の権利が外部から脅かされないこと
・管理する団体がさまざまなレベルに存在すること

石原先生は「三重県志摩市和具地区のイセエビ漁では、漁協によるこのオストロムの制度設計による管理が有効に機能している。」と話します。欧米型の科学的な量的管理も重要であることに異論はありません。が、「日本の伝統的な沿岸漁業の場合は、地域社会の特徴などに重きをおくオストロムの制度設計による管理を再評価できる」からこそ、「科学的な知識と伝統的な知識とのバランスをとる管理をさらに発達させるべきなのではないか?さらにいえば、これが多様性に富んだ、豊かな未来の魚食文化を守る方策なのではないだろうか?」と話します。

日本の伝統的な漁業管理を、国際的な視点で評価する、石原先生へのインタビュー、ぜひお聴きください。





【書籍紹介】
書籍:水産改革と魚食の未来
(発行:恒星社厚生閣)



  • 70年ぶりに改正漁業法が成立し水産の改革が進む。法律、環境、資源、地域経済など多様な論点から海外の事例も比較し水産政策を論議(5章/日本の伝統的な漁業管理を国際的な視点で評価するーオストロムの設計原理の視点から)

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【スペシャルゲストプロフィール】
石原広恵(いしはら・ひろえ)

東京外国語大学外国語学部卒。一橋大学修士(MA)取得、英国ケンブリッジ大学修士(M.Phil.)および博士(Ph.D., Ecological Economics)取得。2016年東京大学農学生命科学研究科特任研究員、国際専攻助教を経て現職。2003年より国際機関UNDPイエメン事務所にてプログラム・オフィサーとして勤務した経験を持つ。2020年米国、ピュー財団のピュー海洋フェローを受賞。