jul 20 2021
農学栄えて農業滅ぶ
科学の進展がもたらす農業の解放が私たちにもたらすものとは
京都大学人文科学研究所准教授
藤原 辰史さま
科学はなぜ農業の死を夢見るのかーー
「農学とはそれ自体すでに、農業発展のために進展すればするほど農業を滅却させていくという逆説的な宿命を帯びている」という一文に見られるよう、随所に農に対する本質的な研究が散りばめられている骨太の書籍「農の原理の史的研究」(創元社刊)」を「現時点での集大成」として世に問うたのは、京都大学人文科学研究所 藤原辰史准教授。これからの農、そして農業を考える上で重要な指針になる考え方を手にするべく、京都大キャンパスにお邪魔しお話を伺ってきました。
藤原先生は、著書「戦争と農業」(集英社インターナショナル新書)にて「農作業を効率的にしたい人間の想いが農業技術を飛躍的に発展させると同時に、戦争のあり方を変えた」という農学が問わねばならない戦争、そして植民地主義への加担についても言及されています。
二十世紀の人口増加を支えた革命的な四つの技術、「農業機械」「化学肥料」「農薬」「品種改良」が実は戦争と密接に結びついているという説明に度肝を抜かれました。中でも、農業機械であるトラクターの誕生が、結果として戦車を生み出し、化学肥料、そして農薬を生み出し、大量破壊に繋がる戦争の形すら変えてしまった、という論理展開は、知的好奇心を超えるものでした。
農学栄えて農業滅ぶ、というサブタイトルに惹かれるものがあり手にした「農の原理の史的研究」。序章から「人間の条件の本体である地球から離れたがろうとする人間の性向」と喝破したハンナ・アーレントが取り上げられ、いきなりハッとさせられます。本体である地球から離れようとする、といえば、農業も同じ。科学の進展によって農耕や料理から解放される日は、SFの世界だけでなく、現実として近づいていることに、私たちはすでに気づいています。
藤原先生は私たちにとって知的触媒の存在。触媒とは、反応の前後で状態が変化せず化学反応を手助けするもののこと。藤原先生の広く、深い知見に触れることで、私たちのモノの見方が触れる前と一瞬で全く変わる瞬間に出会えます。蔵書に囲まれ、日々研究を続ける歴史研究の第一人者、藤原辰史先生へのインタビュー、ぜひお聴きください。
京都大学人文科学研究所 藤原辰史准教授室に所狭しと並ぶ蔵書のごく一部
【スペシャルゲストプロフィール】
藤原辰史(ふじはら・たつし)
1976年、北海道旭川市生まれ、島根県横田町(現奥出雲町)出身。1995年、島根県立横田高校卒業。1999年、京都大学総合人間学部卒業。2002年、京都大学人間・環境学研究科中途退学、同年、京都大学人文科学研究所助手(2002.11-2009.5)、東京大学農学生命科学研究科講師(2009.6-2013.3)を経て、現在、京都大学人文科学研究所准教授。
主な著書に『ナチス・ドイツの有機農業』(第1回日本ドイツ学会奨励賞)、『カブラの冬』、『稲の大東亜共栄圏』、『ナチスのキッチン』(第1回河合隼雄学芸賞)、『食べること考えること 』、『トラクターの世界史』、『戦争と農業』、『給食の歴史』(第10回辻静雄食文化賞)、『食べるとはどういうことか』、『分解の哲学』(第41回 サントリー学芸賞)、『縁食論』、『農の原理の史的研究』がある。2019年2月には、第15回日本学術振興会賞受賞。